m_pheno曰く

m_pheno(モフェノ)は作曲や演奏をしています

年末の挨拶2018

「平成最後」という言葉の乱用に勘違いしてしまいがちだが、元号が変わるのは2019年も四半期過ぎた頃らしい。事実僕は先々月あたりまで勘違いしていた。どちらにせよ平成の終わりに実感を持てないし、元号の変化にどれほどの意味があることなのかもわからないまま、飛び交う「最後」の二文字について行けず置いてけぼりを食らったような感じがしている。そもそも流行りに乗れたことなんて一度でもあったかな、といったふうな自問もそろそろダサくなる年齢になった。そんなことを考えたり、実家で元旦に間に合わない年賀状を印刷したりしながら、2018年の大晦日を過ごしている。

 

2018年は"m_pheno"としての活動の転換期になったと思う。もちろん、アルバム"Rhye Lee Ru"をリリースしたからだ。

【2018秋M3】m_pheno初ソロアルバム"Rhye Lee Ru"について - m_pheno曰く

正直なところ、m_phenoという名義を使い始めたころはここまでちゃんと音楽活動をするとは思っていなかった。

僕は本名でバンドや宅録をしている。最近表立った活動はしていないが、水面下で色々続けている。最初はそちらが音楽活動の本命だと考えていたし、今でもその認識は残っている。

対してm_phenoは、習作を発表する場と位置付けていた。本名を隠しはしないが名乗らず、人脈をほぼ一から作って異なるコミュニティで活動するので、本命でやったら怒られそうなことや冷たくあしらわれそうなこともできてしまう。そんな環境だからこそ、普段とは異なるジャンルに手を出したり、音楽の好みが合う人にはすぐにバレるような真似事もできたりと、自由に曲を作って公開できるのだ。とても打算的で汚い話ではあるが、本名のパブリックイメージをコントロールするための捌け口のようなつもりでm_phenoを運用していたのだ(できているかは疑問だが……)。

習作のつもりとはいえ手を抜いたわけではない。しかし、気持ちの偏りがあったのは間違いない。

 

そんな中、何度か同じ企画でお世話になった友人から「ソロアルバムを作ってみないか」という誘いを受けた。「ジャケットのイラストを描きたいから」という嬉しい言葉と共に。もちろん快諾した。せっかくだからやってみよう、ぐらいの軽い気持ちで引き受けたわりにヘヴィな作業が待ち受けていてなかなかエネルギーを使ったのだが、その辺りの話は別の機会に(おそらく二度としないが)。

多くの友人の手を借りながらも、アルバムはなんとか完成し、今年の秋M3で無事頒布することができた。売れた枚数は少なかったし、リアクションさえロクにもらえず寂しい思いもしているが、不思議と猛烈な満足感があった。CDに収められた8曲は、間違いなく僕の大好きなロックで、何度だって聞けてしまう。そんなアルバムを作れたことが嬉しい。

結局のところ、最初は習作のつもりだった活動で作ったのは、自分の信念からひとつも外れない音楽だったのだ。

友人に誘われてM3になんとなく参加したことから始まり、なんとなくTwitterSoundCloudのアカウントを作り、なんとなくコンピに参加し、なんとなくサークルに入って毎年M3に顔を出すようになって、なんとなく作ったアルバムも、僕の憧れた音楽を目指したものになっていた。きっと好きなものに嘘をつけないのだと思う。手を抜けない僕の潔癖症な性格もあるかもしれないけれど。

完成したCDを聞き、そんなことを考えていると、本命とか考えずにどちらもキッチリやりきっていきたいというボンヤリした覚悟のようなものが決まってくる。本名もハンドルネームも関係なく、好きなものを好きなように作っていくのだ、という覚悟は、自らをm_phenoとしても評価されていくという責任ともいえる。違うのは少しリラックスしてやるかどうかぐらい。それ以外は、好きを通し、実存で殴るように、音楽を作る。

来年からの曲作りは、より誇らしく、楽しいものになるだろう。やり方はきっと変わらないけれど、ほんの少しの、予想しなかった心持ちの変化はあった。陳腐ではあるが、端的に、今年より頑張っていく。

 

2018年は、YouTubeニコニコ動画を見ていた時間で音楽を作ったり聞いたり映画やアニメを見たり本を読んだりすればよかったなあという後悔こそあれ、良い一年になった。以前からの友人(もちろん、m_phenoとして友人になってくれた多くの人達も)にも、新しくできた友人にも支えられ、感謝の念でいっぱいだ。ブログを書くたびに多方面に感謝している気がするが、本当に感謝している。

来年もどうぞよろしく。幸多き一年になることを祈っています。