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楽曲"黄昏時ヲ闊歩セヨ" (MW. -Mosaic World- より) についての覚書

先日、デスソースEP以降交流のあったイラストレータmorphさんの誕生日企画"MW. -Mosaic World-"がリリースされた。

MW. -Mosaic World-

内容としては、主催兼主役であるmorphさんが描いたオリジナルキャラクター一人につき参加者が一曲ずつ作り、EPとしてインターネットに公開するというものだ。曲数にして17曲、もはやEPと呼ぶには多すぎる曲数である。

上記ウェブサイトのタイトル部分をクリックするとフリーでダウンロードできる。また矢印を押せばキャラクターが切り替わり、そのキャラクターをクリックすれば詳細設定も見ることができる。ページ制作は作曲でも参加している難波拓哉さん。ウェブページまで豪華である。

僕ももちろん参加している。"エルヴィオ"というキャラクターを担当、11曲目の"黄昏時ヲ闊歩セヨ"という曲を書いた。

作った曲について人にああだこうだと解説するのはスタンスに反するのだが、この企画においては〈キャラクターソング〉という面が非常に強いため、〈いかにキャラクターを曲にしたか?〉を説明しないことには、エルヴィオという素敵なキャラクターを任せてくれたmorphさんに義理が立たないため、蛇足になることを覚悟して書かせていただく。

 

キャラクター紹介

まずは僕が担当した"エルヴィオ"という人物の設定を紹介したい。

名前:エルヴィオ(Eluvio)

性別:男

身長:177

一夜にして自国を消し、

一月で世界から命を消した"元"勇者。

何度も"周回"し、繰り返される"エンディング"に飽きた勇者は

その"ゲーム"を消すために剣を振るう。

「ほら、やっぱりこっちの方が楽しいじゃないか」

 以上の設定はウェブページでも確認することができる。イラスト付きで見られるので是非そちらで見ていただきたい。

 

解釈の仕方、あるいは言い訳

この設定をもらって最初にした作業は〈自分とキャラクターの短絡〉だった。

僕は〈僕のことしか語れない〉。すなわち、演劇的なもの、つまり他人になりきって話したりものを書いたりすることには興味がなく、また他人が単体でどのような考えを持ち、どのようにふるまうのかを想像するといったことができない。エルヴィオは架空の人物ではあるが、たとえ実在したとしても完璧なコミュニケーション、意味の共有なんてものはできないであろう。

そんな意思疎通の不可能性を強く意識してしまう僕が、エルヴィオという人物について語るためには、解釈妄想によって彼の人物像を僕の実存に無理やり近づけるという仕方を選ぶしかなかった。つまり、キャラクターが先にあってその各要素を音楽に変換するのではなく、僕が先にあって、与えられた設定を、多くの手続きを無視して直接つなぎ合わせてしまったのだ。

何が言いたいかというと、この曲は、彼が設定の少ない非実在人物であることをいいことに、エルヴィオという皮をかぶった僕の歌である。

なんだかキャラクターソングとしては怒られそうな話ではあるが、こうするしかなかったのだ。

 

設定の解釈妄想

それでは具体的な解釈を書こう。

石井岳龍監督

エルヴィオは"ゲーム"の世界でもともと"勇者"をやっていた。そして"ゲーム"には"周回"や"エンディング"というシステムがあり、これに嫌気がさして消し去ろうとしている。

まず僕はこれを〈個人対システム〉という構図であるととらえた。〈個人対システム〉は、僕が愛してやまない映画監督・石井岳龍(元・石井聰亙)が描き続けている構図である。

石井監督は、個人がシステムに立ち向かうときに暴力を用いる。そこに論理性はなく、ひとりで何十人と戦うことや手足を失うことがあっても挑み続ける。求めるのは、カッコよさとメンツと自由だけだ。乱闘や銃撃戦、バイクに乗るときに流れるのはロックでなければならない。

結果的にストレートなロックを作る事にはならなかったが、石井岳龍監督のロック的精神性を中心に据えるつもりで曲を書いた。そのパワーを借りるつもりで歌詞に多くの要素を盛り込んであり、石井監督作品である「狂い咲きサンダーロード」「爆裂都市」「ソレダケ」のタイトルと、「狂い咲きサンダーロード」劇中の台詞

「酒くれよ 一発であの世いけるやつな」

を引用している。

見沢知廉

そして僕に石井岳龍監督を教えてくれた友人は、見沢知廉という小説家を愛している。実をいうと知廉の本を読んだことはないのだが、子供がロックスターを語るのと同じように、目を輝かせながら何度も知廉のことを話してくれたため、どうしても僕には石井監督と切り離せないのだ。

見沢知廉については詳しくはないし、語り始めると多分に政治的な話をしなければならないため避けるが、彼も非常にパワフルな言葉を使い、その友人は口癖のように知廉の言葉を毎日言い続けている。その中でもたいへん印象的であった

「<敵>が判んねえなら教えてやる」

(『テロならできるぜ 銭湯は怖いよの子供達』より)

という章タイトルは、石井岳龍監督が描くスタイルにうまく合致しているように思えたため、これまた引用させてもらった。

ヘーゲル

エルヴィオは既に"自国を消し"、"世界から命を消し"ている。当然、"ゲーム"を消すための行程であり、それらが完了しているならゲーム世界の滅亡はかなり近いと言っていいだろう。

ここで僕は、哲学者ヘーゲルが『法の哲学』で次のように書いたことを思い出した。

ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」

ミネルヴァはローマ神話における知恵をつかさどる女神であり、その使いが梟であると言われていた。このことを背景にヘーゲルが言いたかったことは、「哲学は、現実が完了してしまってから、時代の総括あるいは歴史的なものの考え方としてようやく現れるものである」ということらしい。この解釈や今の説明が完璧であるとは思わないが、いったんその議論は置いておいて、ここでの「黄昏」は「ひとまとまりの時代の終わり」を表していることに間違いはないと思う。

ここまで書けば分かると思うが、曲名における「黄昏時」はヘーゲルの言葉を意識した意味を持たせている。すなわち"黄昏時ヲ闊歩セヨ"とは、〈終末の時をひとり堂々と歩く者になれ〉といった意図で付けたタイトルである。そして「さあ すぐに梟の羽ばたきが聞こえてくるさ 」という歌詞も、終末を告げる音がそろそろ聞こえてくるだろう、ということになる。

オイディプス王の悲劇とシン・ゴジラ

 エルヴィオがなぜ"ゲーム"というシステムを破壊しようと思ったのかも考えねばならない。ここで思いついたのが、これまた僕の愛する映画『シン・ゴジラ』と、それが打ち破ったシステムである。

これも伝え聞いた話ではあるのだが、人文学では〈物語〉と呼ばれるものはほとんど、ギリシャ悲劇『オイディプス王』と同じ構図になっているらしい。その構図の主だったものは〈父殺し〉と〈母への同化願望〉とのことである。悲劇そのものやこれらの構図の詳しいことはインターネットで調べればいくらでも出てくるので割愛する(興味があればフロイトが提唱した「エディプス・コンプレックス」を調べてみても面白いだろう)。とにかく、〈主人公〉がいて、精神的にしろ物理的にしろ自己存在をかけて乗り越えるべき〈父〉がいて、その起点となる〈母〉がいる、という構造がどの物語にも言えるのだ、ということである。

しかしこの構造は、『シン・ゴジラ』において粉々に砕かれた。自分が主人公〈ヒーロー〉だと出張る人間はいない。乗り越える災害はあれども、それは理由を求める〈父〉ではなく、「なぜ」と問うことなしに「どうやって」乗り越えるかという行く宛なしの情熱だけである。愛すべき〈母〉どころか、家族の概念は小道具程度にしか登場しない。このあたりの議論を続けると長くなるのでここまでにするが、僕が思うに、『シン・ゴジラ』はこのような既存の物語構造を打ち破ったのである。

既存の物語という、手垢のついた〈システム〉はつねに説教臭く〈意味〉や〈理由〉を問う。『シン・ゴジラ』の庵野監督はそれに嫌気がさし、怒りを感じ、見切りをつけて破壊してしまったのではないか。これは僕の解釈妄想でしかないが、その怒りの一致こそが僕を惹きつけているのかもしれない。そして僕はシステムとその破壊をエルヴィオに重ね、怒りの対象=敵を打ち破ることが、僕/エルヴィオの世界を救う希望だと見出したのだ。

 

構想から楽曲へ

以上のような考察と作曲(歌詞を除く)が先だったのか後だったのかは正直定かではない、というと幻滅するだろうが、音楽なんてそんなものだ。この三千字超の駄文がただの後付け設定なのかどうか、今となっては作曲者である僕が忘れてしまったので永遠にわからないだろう。

こういった構想をぼんやりと頭に浮かべていたら、数年前The Pop Groupをはじめて聞いた衝撃で作ったリフを思い出した。この曲で使った、八分音符と付点八分のカッティングが交互に絡むフレーズだ。そしてThe Pop GroupP.I.L.といったポストパンクを強く意識し、"闊歩セヨ"というタイトルや『シン・ゴジラ』で流れたフリゲート・マーチ(劇中では"怪獣大戦争"および"宇宙大戦争"のメインテーマ)を想起させるような四つ打ちを重く堂々と続け、湾曲してはいるが希望を意識させるようなファンファーレ的なサビが待っている、という構成になった。ギターソロが二小節ごとに移調したり、ディレイの発振がところどころに入っていたりと破壊的・暴力的なモチーフも多々取り入れている。

 

最後に

そろそろ何を書いているのかわからなくなってきたのでここで打ち止めとする。初めて作った曲について語ってみたが、こんな読む気の起きない(あるいは読ませる気のない)長文がたったの4分に収まるのだから、僕は音楽を作っているのかもしれない、なんてことを思っている。

とにかく、この素晴らしい企画に参加させてもらえたことを嬉しく思う。morphさんをはじめとした参加者の皆さんには感謝している。非常に楽しい企画であった。

soundcloud.com

黄昏時ヲ闊歩セヨ (from MW. -Mosaic World-) 歌詞

※DL free from ↓

MW. -Mosaic World-

 

 

誰かの夢が何度も買い叩かれる
爆発都市 狂い咲く ソレダケの光景
目を見開いて耳も常に構えるんだ
思い切り殴らせろ 敵が判んねえなら教えてやる

 

深淵なんかよりよっぽど見ていてやる
一発であの世に行くさ 祈ってくれよ
理由ばかりが過剰に溢れ返るんだ
わかってばかりでたまるか もうたくさんだ!

 

さあ すぐに梟の羽ばたきが聞こえてくるさ
物語もヒーローも無い方が楽しいじゃないか

 

ああ 危うく世界を救い損ねるところだった
物語もヒーローも無い方が楽しいじゃないか

ASSHAZARD (from デスソースEP2) 歌詞

※デスソースEP2 Tr.8


I don't know what you want me to say

You can see the blue bullet wound in my head

I don't know what you want me to feel

Should've shed tears but I always laughed

 

I don't know what you want me to sing

There are only yucky songs in the world

I don't know what you want me to see

Why do you never look me in the face

 

I don't know what you want me to be

I wanna be Anarchy, it's my only way

I don't know what you want me to realize

I get pissed off !

 

You know, I kick your ass out

This is a fucking night out

How many ways to get what you want

I use the best and the rest

How many lies melted into Death Sauce

2016年を振り返る 音楽編

新譜のみ、聞いたもののみ、それなりに気に入ったもののみサックリとまとめていく。iTunesで年別ソートして出てきた順に。

 

東京スカパラダイスオーケストラ - The Last~Live~

 ほとんどアジカンコラボしか聞いていないが、これが素晴らしいのだ。コラボ曲の"Wake Up!"もさることながら、ホーン隊のアレンジにより豪華になった“遥か彼方”は必聴ものだ。

僕は元吹奏楽部ということや、フィッシュマンズのドラマー茂木欣一(尊敬しています)が参加していることからたまにスカパラは聞いていたのだが、やはり盛り上げ方とノれるビートづくりは非常に上手い。彼らのアレンジ“ルパン三世のテーマ’78”は好きだったのでライブでもやっていて嬉しい。また甲本ヒロトともコラボしてくれたら嬉しい。

ところでこのアルバム、ジャケットが最高。

 

鷺巣詩郎/伊福部昭 - シン・ゴジラ音楽集

シン・ゴジラ音楽集

シン・ゴジラ音楽集

 

 なぜかiTunesになかったのでAmazonのリンクで。やっぱりCDで聞けという事か。

映画の内容がフラッシュバックしてきて聞いていて異様な高揚感に包まれる。電車に乗るときはもちろん"宇宙大戦争マーチ"や”Under a Burning Sky ~"を聞いている。また別記事で触れるつもりだが、鷺巣詩郎伊福部昭に全面的に勝負を挑んでいるような気がして面白い。サントラではあるが普通に楽曲として普段聞いていられるのも良い。こと話題になった「エヴァティンパニのアレ」こと"EM20"も様々なバージョンが使用・収録されており、特にボーナストラックでロング版が2アレンジ連続で流れる使用は感動した。Jerry氏のドラムアレンジはスリップノートの多用によるトリッキーさが癖になるし、alternaと名のついた3つのアレンジはどれも「オルタナだ!」と劇場で聞きながらワクワクしたものだ。『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』に収録されていたオルタナアレンジも相当好きだったが、あれに並ぶ好みとなった。あちらはドラマーが山木秀夫氏だった記憶があり、Jerryとは異なる独特のドラムになっているので聞いてほしい。

また鷺巣詩郎本人によるライナーノーツが映画資料としても面白いので映画ファンなら間違いなく買だろう。長くなったのでまた今度これについては書こう。

 

Yuck - Stranger Things

 3rdアルバムにしてメンバー変更後2枚目。

メンバーが変わってから賛否両論あるが、こちらもきちんとオルタナインディーロックとして十分な質の良さを感じると思っている。1stのシューゲイザーかと勘違いするほどの歪んだギターの海にローファイなパワー感はないかもしれないが、彼らにしかないサウンドはあるはずだ。まだ過去のバンドにするには惜しい。

 

The Pop Group - Honeymoon on Mars

Honeymoon on Mars

Honeymoon on Mars

 ポストパンクの大御所の新譜である。

"Y"や"Citizen Zombie"あたりしか聞いていなかったからか、電子音中心になっていたのには驚いた。しかしこのディレイのダブっぽさなどのボーカルの変化球は相変わらずであり、彼らもいろいろなことに挑戦してきたのだろうなあという感想を持った。P.I.Lとは異なるアプローチで面白い。

 

Pixies - Head Carrier

 バンドキッズの永遠の憧れ、Pixiesも新譜を出している。

こいつらいい曲しか作らないのマジ何なんだよ!!!!!!!!!!!と本当に叫びたくなる。爆速爆音ソングから切ないミドル/スローな曲までひとつのアルバムに全部入れてくれるのは本当に素晴らしい。コンスタントにいい曲ばかり作る姿勢も含め、バンドマンは一生Pixiesのトリコであることを証明されてしまった感覚である。

 

トクマルシューゴ - TOSS

 宅録ミュージシャンの偉大なる先輩の新譜は、バンドサウンドをメインに使用したものだ。

Deerhoofのドラマー、グレッグ・ソーニアやトリプルファイヤーの鳥居さんなど個人的に好きなミュージシャンとコラボしてくれたのが本当に嬉しい。モノとしてCDを持つことに喜びを感じられるような仕掛けづくりは見習う部分がある。今回もチャレンジ精神が異様に豊富で、ギターソロやオーケストラといったインスト曲、バンドセッションをまるでブレイクビーツを作るように分解・再構成する手法、工事現場の音や明和電機の製品をふんだんに使用など、まず常人では思いつかないし思いついてもできないことをふんだんにやってのける様は流石だ。

 

THIS IS JAPAN - DISTORTION

DISTORTION

DISTORTION

 大学に入ってから追いかけ続けたバンドがとうとうApple Musicで聞ける時代になった。

日本のオルタナロックはこうだ!というイメージをそのまま形にして臆せずぶつけてくる姿勢は本当に好きだ。公言しているようにPixiesXTCに憧れ、ナンバガを聞いて育ったバンドマンのサウンドだ。“カンタンなビートにしなきゃ踊れないのか”は歌詞のインパクトもあるが本当に名曲だと思う。

 

Deerhoof - The Magic

The Magic

The Magic

 最高である。彼らの日本公演に関するアツすぎるブログを本名で書いたので是非読んでいただきたい(クソ長いが)。

hissori – Deerhoof日本公演についての覚書―何でもいいからいたずらを―

もう好きすぎて何を書いたらいいかわからない。前作"La Isla Bonita"がバンドのパンクサウンドを前面に押し出したものだったためか、もっと広範囲に手を広げた、彼らの魅力でもあるフットワークの軽さが生きた一枚になったと思う。一曲目なんてサビ部分だけThe 1975みたいで驚いた。また日本に来てほしい。できればフジロックで。

 

D.A.N. - D.A.N.

D.A.N.

D.A.N.

  • D.A.N.
  • エレクトロニック
  • ¥1800

 今一番フレッシュなバンドではないだろうか。オウガに地続きの、空間的な音作りが印象的なサイケサウンドである。

とても好き、と言うわけではないのだがなぜか気になってしまう、不思議な魅力のあるバンドだ。彼らの様な洋インディーに強く影響を受けたバンドも増えてほしいし、同時にロックンロールを真っ向からぶん殴るようなバンドの登場も心待ちにしている。

 

The Strokes - Future Present Past EP

 前作"Comedown Machine"から3年、たった三曲だがすべてかっさらっていくような格好よさである。

内容はいつも通りと言ってしまえばそれまでなのだが、それ故に「The Strokesにしか出せない格好よさ」がすべて詰まっているような気がする。やっぱりずるい。これを機にか、ライブもしているようなのでまた来日して欲しい。ぜひともフジロックで。本当に来てくれ。

 

ザ・クロマニヨンズ - BIMBOROLL

BIMBOROLL

BIMBOROLL

 

 データ販売しないのを忘れていた。男のモノラル録音、男のアナログ主義。

しかしまた恐ろしくカッコいいものを出されていた。ほんとうにカッコよくてニヤニヤしながら痺れっぱなしで聞いていた。マーシーは“ペテン師ロック”でパワーコードだけを弾く職人の様ないぶし銀を見せたかと思えば“ピート”では本当にピート・タウンゼントの様なフィードバックノイズ交じりの大暴れを見せる。というか、そう、“ピート”なのだ。前回の記事(下記参照)の通り、2016年公開の映画『聲の形』のオープニングはThe Who "My Generation"である。

m-pheno.hatenablog.com

 そしてその直後、甲本ヒロトは“ピート”という曲を書き〈おお マイ・ジェネレーション〉と歌っているのだ。なんたる偶然だろうか。これも両方を経験した、かつThe Whoに憧れた僕のような人にしか起こりえない短絡だが、感動のあまり泣きそうにさえなってしまった。ヒロトマーシーはアーティストでありつつも、聞き手としての感性を一切失っていないと思わせられる曲である。そして、甲本ヒロトが「ピート!ピート!」とこの曲でコールするように、僕らは「ヒロトヒロト!」と叫ぶのだ。そうだよな、〈だからいますぐ ピート そのギブソンで ピート ぶっ壊してくれ 僕の部屋〉って思いながらCDプレイヤーを横に置いて思ってたよな。

 

くるり - くるりの20回転

 「ここ最近の日本のポップミュージックの歴史を探るなら、歌モノは宇多田ヒカルを、バンドはくるりを聞き考察するといい」という話をどこかで聞いた覚えがある。どちらもジャーナリスト宇野維正氏が本を出版しており、それを読むと日本全体の音楽界隈が見えてくる、と。その真偽や信用性のほどはわからないが、くるりは少なくともそう言われるような大御所バンドである。その20年間を追ったこのベストアルバムと言えば非常に価値があるものではないだろうか。

まあ正直音楽シーンの歴史は興味こそあれどもどうでもよくて、ベストアルバムとして非常にいい作品だと思う。過去二作、特に後になって出した『ベスト・オブ・くるり2』は普通にアルバムとして流れが完成されていたが、こちらはベストの名に付随する記念碑的な要素が強いと感じる。バンドサウンド中心だったり、電子音をふんだんに使ったりと様々なサウンドの変遷があったが、今までの各アルバム、各期のくるりのモードが通して聞けるのはとても面白い。そして当然ながら、どんなサウンドを用いても飛びぬけたメロディセンスだけは一貫していて、素直に凄いと感心してしまう。ユーミンとのコラボ“シャツを洗えば”や岸田さんが愛する京急線を歌った“赤い電車”、そして新曲の“琥珀色の街、上海蟹の朝”など、名曲揃いだ。いつどの曲を聞いても名曲が出てくる、そんな素敵なアルバムだと思う。

 

karashigoroshi - 自戒とともに - EP

自戒とともに - EP

自戒とともに - EP

  • karashigoroshi
  • ロック
  • ¥1350

 バンド・カラシゴロシが解散し、ボーカル堀田さんがソロとしてkarashigoroshi名義を用いて満を持して出すEP。

バンド編成時のようなギターを弾き倒しながら歌う狂気じみた感覚はなくなったが、いまどきこれだけストレートな曲をバンドサウンドでやる人は少ないのではないだろうか。メロディのポップさに癖になる力の抜けた歌、そしてギターの驚異的なうまさは健在である。ちょっと歌詞が幼い気がしてしまうが、今後も楽しみになる音源だった。応援しています。

 

オワリカラ - ついに秘密はあばかれた

 我らが大先輩、サイケデリックでファンキーなロックバンド、オワリカラのメジャーデビューアルバムだ。

 正直“ドアたち”でこのバンドは完成してしまったと思っていて、それ以降は確かにいい曲なんだけどそれだけ、という印象だった。しかしこのアルバムは久々にオワリカラに驚かされた。“今夜のまもの”や“へんげの時間”といった彼ららしい聴きやすくもフックのある曲はまさしく代表曲になったと思う。何よりラスト一曲、“new music from big pink"には痺れた。まだこんなヘンテコだけれども少年の心を揺さぶるような曲を書いてくれることに感謝である。同サークル出身であり僕が最も敬愛するバンド、SuiseiNoboAzと同じ匂いと言うか、地続きの何かを感じた気がする。ぜひライブハウスで、アホみたいにでかい音で聞きたいものだ。

ところでボーカル・タカハシヒョウリは科学特奏隊という特撮カバーバンドをやるほどの特撮オタクであり、『シン・ゴジラ』を公開初日、初公開の深夜とそのあと続けて一度、つまり最速で二回見たのちに即行でブログを書き話題になった。

これよりシン・ゴジラ超ネタバレ10000字の儀を執り行う! | Em

特撮オタクとして、「過去から」の考察であることに留意せねばならないが、非常に面白い『シン・ゴジラ』論であり、僕がゴジラを語ろう!と思ったきっかけの一つになっていたりもする。個人的には先日の記事で紹介したような、「今の」、短絡と筆者の実存がふんだんに含まれた考察の方が好きなのだが、こういったオタクにしかできない見方もできてしまうのがこの映画の素晴らしいところである。オワリカラと科学特奏隊、どちらのバンドも応援していきたい。

 

OGRE YOU ASSHOLE - ハンドルを放す前に

 クラウトロックの流れを汲む日本のサイケバンド、所謂3部作とライブテイクのアルバムを終え、セルフプロデュースによる新譜。

これまでが非常にコンセプティブだったためか、非常にリラックスして曲作りができたことがうかがえる内容になっている。しかし反対に音数と手数は極限まで削られ、音像は緊張感あふれるものになっているのが対照的で、同時にリラックスと緊張を味わえる不思議なアルバムだ。明らかにゆらゆら帝国っぽい曲があるのもニヤリとさせられる。また、ボーカルが以前の作品と比べ強調されたミックスになっているのも面白い。曲によってはダブ処理されていないパートまであったりする。ひとつの武器としてボーカルを使えるようになったということかもしれない。このアルバムの曲をライブでやったらどうなるのか、聞きたくて仕方がない。とにかく、一枚のアルバムを通して聞くだけで色々な感情を抱くような、不思議なアルバムであった。

 

Wilco - Schmilco

 オルタナの雄にして唯一無二のスタイルを持つモンスターバンド、前作"Star Wars"から一年と空けず続けてのリリースである。Pixiesといい彼らといい、何でいい歌しか作らないんだよ。おかしいだろ、反則だろ。

"Star Wars"がロック色の強いアルバムだったからか、こちらはフォークに寄っている気はする。しかしWilcoにしか使えない摩訶不思議な魔法、彼らそのものがオルタナであると言わんばかりの魅力はみっちりと詰まっている。曲の良さに関してはさんざん語られていると思うので言うことはない。個人的に今回も曲名が好きだ。"We Aren't the World (Safety Girl)"なんてそろそろ怒られるんじゃないだろうか。もっとやってくれ。去年はフジロックでなかなかの前列で見ることができ非常に幸せであった。また見れることを祈っている。

 

Iggy Pop - Post Pop Depression

 かつてThe Stoogesを率いた大御所パンクおじさん、ローファイ/インディーロックを制する。

昨年亡くなったデヴィッド・ボウイの盟友でもあるイギー・ポップは音楽性も似ており、メロウでロマンティックな部分が共通の武器だと思っている。そして今作ではその武器に加えてなんでもアリのオルタナ性、ローファイでインディーロックに通じる身近さのようなものを感じた。"German Days"はテンポも拍もめまぐるしく変わる展開を見せ、"Vulture"では彼らしいメロウさとハードロック的なナイーブさが時に暴力的にかき鳴らされる。正直、彼のソロ名義では一番好きだ。ひたすらカッコいい。痺れる。それに尽きる。

 

YeYe - ひと

ひと

ひと

  • Ye Ye
  • J-Pop
  • ¥2000

 元祖宅録女子(だと勝手に思っている)YeYeの新譜は、ほどよく海外のシーンに影響された現代的な一枚と言えるだろう。

MVも公開されリードトラック的な扱いをされている"ate a lemon"に象徴されるように、海外のインディーシーン、特にベッドルームミュージックへの憧憬を強く感じる。同時に、“ほし と にし”や“のぼる、ながめる”のような日本語の心地よさを活かす曲もあり、ちょうどいいバランスを保っているのではないのだろうか。あとMVはどれもひたすらYeYeがかわいいので見たほうがいい。恋ダンスのガッキーがかわいいのはわかるがそれよりYeYeを見ろ!!しかも曲もいいぞ!ともかく、ただのシンガーソングライターに終わらない、チャレンジ精神に満ち満ちたDIY的な曲作りも極められてきたな、という印象である。後に述べるがゴッチのソロ活動に一番インディー方面から良い影響を与えているのは彼女ではないだろうか。アジカンやゴッチのファンなら聞くべきであろう。

 

あらかじめ決められた恋人たちへ - After dance/Before sunrise

インストダブバンド、通称あら恋の豪華ゲスト満載の新譜。 

このバンドはDalljub Step ClubのドラマーGOTOが加入したことから聞き始めたのだが、彼が採用された理由がよくわかる。リズムへの感覚がとても鋭いのだ。時折シューゲイザーのような激しい音像も持ちながら、メインのメロディが抒情的な鍵盤ハーモニカという特殊なバンドだが、「ダブ」という言葉を使うだけあってリズムは非常に冴えている。エフェクティブなサウンドに埋もれないエッジの効いたドラムは、当然レゲエの要素も含みながらエレクトリックな、テクノのような感覚も併せ持っていて聞いていて飽きない。レゲエはそこまでハマれないのだが、これは本当に面白くてずっと聞いていられる。

 

Tyondai Braxton - Oranged Out E.P.

Oranged Out E.P.

Oranged Out E.P.

 元Battlesの頭脳、そして今は現代実験音楽の最先端を行く”名前がクソ格好良いミュージシャン”タイヨンダイ・ブラクストンの新譜はテクノ/エレクトロニックだ。

前作"HIVE1"でパーカッションと電子音楽を絶妙に融合させた彼だが、今作はさらにそれを消化しエレクトロニックとして完成させたものだと感じる。一応は現代音楽の文脈で語られる彼だが、テクノとして普通に聞けるポップさも兼ね備えているところは非常に好感が持てる。今後もこの鬼才が我々を驚かせてくれるだろう。

 

RAT BOY - GET OVER IT - EP

 ヒップホップとインディーロックという意外と見ない組み合わせを実現してしまった弱冠20歳の鬼才。

たまにThe Libertinesみたいなギターが顔を覗かせたり、かと思えば(ほとんど僕が通っていないせいであまり語れないが)ヒップホップ的な基盤がしっかりと整っていたりと、なかなか刺激的なサウンドで楽しませてくれる。今作はヒップホップ寄りの印象なので今度はインディーロックにもっと触れてくれると嬉しい。

 

Gotch - Good New Times

Good New Times

Good New Times

  • Gotch
  • J-Pop
  • ¥1800

 ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル、ゴッチこと後藤正文のソロ2ndアルバムである。今回は前作のライブツアーに同行したバンドをGood New Timesと名付け、元Death Cab for Cutieのクリス・ウェラのプロデュースのもと作成という豪華な内容となっている。

このゴッチという奴は、僕がやりたいことをことごとく先にやってしまうたちの悪い男だ。アジカンで僕の青春を定義づけるようなロックンロールをやってのけながら、一方でローファイな洋インディーシーンに目配せしたポップソングをできる環境にあるというのは、実にずるい。2ndにしてとうとうファズまで踏みやがった。1stほどのフックある名曲的なインパクトはないが、全編通して確実に質が上がり、クリスのおかげか音がとにかく良くなり、名リフも多く登場した。ソロ活動で他の欲望を発散しているおかげか、アジカンはよりソリッドなパワーをむき出しにしているのでバンド・個人共々良い影響を与えていると考えられる。どちらもまだまだ僕を楽しませてくれるだろう。

 

FISHMANS - LONG SEASON '96~7 96.12.26 赤坂 BLITZ

 1999年に亡くなったボーカル佐藤氏が存命だったころのライブテイクを引っ張ってきたアルバム。

レゲエ・ダブが基盤となっているため、本来リラックスして踊れるような音楽になるはずである。確かにノリは最高だし踊れるのだが、録音越しにもビシバシと伝わってくる緊張感は息が詰まりそうになる。所謂「世田谷三部作」以前の曲、“なんてったの”なども当時のモードで再編曲されておりこれも面白い。そしてこのCDは2枚組なのだが、2枚目はあの驚異の長尺曲"LONG SEASON"がそのほとんどを占めている。時間にして40分4秒、このロックソングにしては長すぎる曲を、緊張感をまったく切らすことなく演奏してのける驚異の集中力とグルーブ感は彼らにしか成し得ないことだったろう。今これが完全オリジナルなメンバーで聞けないことが本当に悔やまれる。昨年実施されたらしい再現ライブは素晴らしかったという。またやってくれないだろうか。

 

BOOM BOOM SATELLITES - LAY YOUR HANDS ON ME - EP

 ブンサテ解散音源として発表され、それからほどなくしてボーカル川島道行氏は度重なる脳腫瘍との闘病の末、亡くなった。

最後に「最後の一枚」としてこの音源を生きているうちに出せたのは本当によかったと思う。死人はバンドできないから。曲はエレクトロ中心、すべて希望や祈りを感じる様な曲調だ。私事ではあるが、去年の夏にサークルでブンサテのコピーをやった。やると決めたときは解散など知る由もなく、期せずして感情的な演奏をすることになってしまった。あのタイミングでコピーできて本当に良かったと思う。2016年は色々なミュージシャンが亡くなったが、個人的には川島さんの死が一番堪えた。天国でもどうか歌っていてほしい。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION - ブラッドサーキュレーター

 シングルで申し訳ないが超カッコいいので紹介させてもらう。

"Wonder Future"で骨が見えるほどそぎ落としたソリッドでラウドなロックを出しつくし、その延長で"Right Now"を出したうえでの本作は、また違うモードに突入した感覚だ。今作から再び中村佑介のジャケットに戻ったこともそれを表すだろう。ショートディレイの効いたアジカンらしさ爆発のリフとパワーコード、アレンジが変わっていく展開、抜ける様なサビのメロディ、ブリッジから明るく駆け上がるような終盤の展開、どれもこれもアジカンが得意なロックンロールだ。まるで初心に立ち返ったかのような潔い曲だが、同時にこれから出てくるであろうロックバンドに「これが日本のロックだ」と手本を見せる様な、先駆者としての意地と誇りと男らしさを感じる。シンプルにカッコいい。ディストーションで殴れ。それがロックだ。カップリングがまたもやギターの建さんがボーカルの曲なのも嬉しい。まだアナウンスさえないが、次の新作アルバムが楽しみだ。

 

ASIAN KUNG-FU GENERATION - ソルファ(2016年再レコーディング版)

 2016年の年間ベストを問われたら間違いなくこれだと答える。出世作である"リライト”を擁する”ソルファ”が、今の音になって帰ってきた。

正直、これに関しては言いたいことが多すぎるのでまた何かしらの形で語らなければならないと感じている。そのため軽く触れるにとどめるが、あの時リライトを聞いた人、アジカンが好きだったけれど最近聞いていない人、いつかアジカンを聞いて影響を受けたバンドマンやバンド好き、青春にアジカンが組み込まれた人、そして当然ずっとアジカンを追いかけた人、そのすべてに聞いてほしい。これはベストアルバムよりもベストアルバムらしい、アジカンからリスナーへのプレゼントのような、宝箱の様なアルバムだ。成長したアジカンの覚悟、大人になった―あるいはなろうとしている―彼らの最高傑作だ。ぜひCDショップに行き、モノとして買って、CDプレイヤーを引っ張り出して聞いてほしい。僕はそうして泣きながら聞いた。

 

Aphex Twin - Cheetah EP

Cheetah EP

Cheetah EP

 テクノ界の重鎮であり謎の男、リチャード・D・ジェームスことAphex Twinの最新作にして話題作。

シンセサイザー広告風の告知、渋谷をジャックしてのMVの放映、そのMVもファンの子供Youtuberが制作、そして使用されているシンセサイザーは最もプログラミングが難しいとされるレアな一品……話題性には事欠かない一枚ではあるが、内容はクラシカルで暖かい音像の直球テクノだ。狂気じみた細かい打ち込みのドリルンベースや、コンピュータ制御でアコースティック楽器を鳴らすといった偏執ぶりはなりを潜め、変な機材を使いこそすれどもそこからシンプルにいい音を鳴らすという大御所らしい一枚だ。ジャケットのデザインが良くて非常にTシャツ映えするのが個人的に気に入っている。一枚欲しい。そしてどうやらライブ活動も再開したらしい。今後の動向が気になるところだ。

 

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一応こんなところだ。思ったよりも新譜を聞いていたらしい。ほかにもWeezerRed Hot Chili PeppersNew Order、Bon Iver、MONO、Group Love、KULA SHAKERなんかも新譜を出していて大御所勢揃いといった趣だ。またOasisやザ・タイマーズのリマスター版が出たりもして、何かと話題の多い年だったと思う。個人的にはアジカンザ・クロマニヨンズという青春を捧げた二大バンドが最高傑作をリリースしてくれたことに感謝している。The Avalanchesの新譜がまだ買えていないこと、そして昨年見た映画のサントラも買えていないことも心残りである。そのうち絶対買う。

今年は誰がどんな音源を出すのか楽しみだ。できれば好きなものはApple MusicではなくCDで手に取りたいものだ。

2016年を振り返る 映画編

去年僕が見た映画を備忘録がてらにまとめてみようと思う。

ネタバレの配慮はしないことを先に述べておく。

 

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生

2016年の映画一覧を公開日の順番に見ながら書いているのだが、最初に見たのが3月であることに驚いた。2月まで何をしていたのか。

そんなことはともかく、2015年アメコミ映画はマーベルだらけだったが、2016年はDCコミックスの2大スーパーヒーローから始まった。

少し戦闘シーン以外が長すぎる気がしたが、バットマンシリーズがこの映画でまた一からやり直されることになっているのでその導入としては仕方ないとも思う。

リアリティよりも、CGを駆使しスピード感と重量感を強調しド派手さを演出する戦闘シーンはマーベルとの大きな違いであろう。DC系列は初めて見たが刺激的だった。

バットマンとスーパーマンが戦う理由が若干こじつけ気味に感じたし、それゆえにヒーロー対決もついていけなかったが、共闘シーンはやはりアツい!技術力のバットマンと人外の力のスーパーマンという対比はわかりやすかったし、一概に真逆とはいえないものの等しくもない正義の理念の対比は斬新に感じた。共闘のほうをメインに持ってきたのは原題では『vs』でなく『v』となっていることからも感じられる(無論、スーパーマンの頭文字Sとかけてもいるのだろうが)。

今作のヴィランであるレックス・ルーサーが『スーパーマン リターンズ』等の従来のイメージとまったく異なる狂人の若者であったため戸惑ったが、非常に魅力的だった。最後にはちゃんとハゲになるし。

満を持して参戦するワンダーウーマン、実は一番カッコよかったのではないか?と思うほどに素敵なキャラクターだ。彼女が主役の映画が今年やるらしいので楽しみである。

スーサイド・スクワッドを見損ねたのはなかなかに後悔している。

 

シビル・ウォー キャプテン・アメリカ

ヒーロー対決がDCとマーベルで続けて放映されるというアメコミ合戦である。

こちらは全作とはいわずともそれなりに追いかけてはいたので、非常に感慨深いものがあった。

タイトル通りキャプテンの因縁に終止符を打つ彼の物語でありつつ、アベンジャーズというヒーロー集団全員の物語でもあるという構造は実に面白いが、どこかで見た「キャプテン総受けのカップリングの取り合い」という言葉が最も簡潔にこの映画を表しているというのが冗談のようで本当であるのが笑えてしまう。

チーム二分割の総力戦(ただやりたかっただけだろうけど最高)や新しいスパイダーマンの登場など語るべきはたくさんあるが、僕が最も胸を撃たれたのはラストのキャプテン・アメリカ対アイアンマンである。もはや正義のぶつかり合いですらなく、ただの個人的な怨嗟による衝突なのだ。しかも、悪を断定できない類の、しかたのない理由での戦い。前作ではあんなにアベンジャーズとして仲が良かっただけに、本当に悲しい戦いだった。

予告編ではキャプテンがバッキーことウィンター・ソルジャーをかばい「彼は親友だ」と言い、アイアンマンが「私は?(So was I ?) 」と問うシーンがあったが、本編では「かつては私もそうだった(So I was) 」に変更されており、一本取られた気分になった。『スターウォーズ エピソードⅦ』にもあった手法だが、このあたりのサービス精神と言うか、仕込みは流石である。

バットマン vs スーパーマン』も十分に面白かったが、テンポや話の運び方にはマーベルのほうが一歩先を行っているように感じる。次は『ドクター・ストレンジ』にも期待しよう。

 

デッドプール

こちらは『シビル・ウォー』とは逆に、「予告を見すぎたせいであまり面白く思えなかった」映画であった。

正直期待のしすぎで、予告映像が更新されたらすぐ見ていて、特に長いものは何度も繰り返し見ていた。

ところが、メチャクチャかっこいいはずの前半の銃撃シーンが予告編でほぼ出尽くしていたうえ、戦闘シーンとしては後半の殺陣よりこちらのほうがクールに決まっていたように思えてしまったので、初見のインパクトに欠けてしまい何となくノれなかったのだ。

とはいえこれは本当に個人的な理由によるもので、おそらく前情報なしで普通に見ていれば面白かったであろうし、面白い映画ではあったと思う。もっとはっちゃけていてもよかった気がするが。

次回作の製作が難航しているようだが、相方のケーブルも出るようだし今度こそ期待しすぎずに期待している。

 

シン・ゴジラ

僕の感性に、価値観に、表現できない程の影響を与えてしまった映画。

これに関しては言いたいことが多すぎる。今度別途記事にするか人に喋るだけで終わらせるかにしよう。どちらにせよここで書くと記事が備忘録にしては大変な長さになってしまう。

ゴジラがひたすら強くて怖くて、何度見ても席を立つのに苦労するほど足が震える。

見終わると、カット割りの速さに疲れを感じつつも、「明日も生きていこう」という、陳腐な、しかし大事な勇気をもらえる。

とにかく、かけがえのない映画だ。作中、牧教授が遺した「私は好きにした。君たちも好きにしろ」という言葉は、庵野秀明監督からの「私は好きに愛した。君たちも好きに愛してくれ」という、とても懐の広いメッセージなのではないか、そう思えてしまうほど、僕らは『シン・ゴジラ』をいくらでも、何度でも語ってしまいたくなるだろう。もちろん、大好きな感情をことばで語りきるなんてことが不可能であり、おこがましいことであるのは知っていながら。

僕の感想に代えて、僕と『シン・ゴジラ』を最も語り合った友人の一連の文章を紹介したい。僕はこれに勝る『シン・ゴジラ』評を見たことがない。

さよなら東京文学 — さよなら綾波レイ―「シン・ゴジラ」における〈排除されたもの〉―

さよなら東京文学 — 1.名無しの殺人―ゴジラは神でありえたか―

さよなら東京文学 — 2.世界中ヒロシマになり空がすっかり壊れても―「なぜ」と問うことなしにゴジラとたたかうこと―

さよなら東京文学 — 3.演説失敗、あるいはつまらない独り言を語ることなしに誰かと生きるための数少ないやり方

さよなら東京文学 — わたしたちの日常のために―「風立ちぬ」から「シン・ゴジラ」までのあいだに―

(あと誰かジ・アート・オブ・シン・ゴジラ買ってください…)

 

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ ([バラエティ])

 

 

 

君の名は。

正直なところ無感動だったのだが、間違いなく傑作ではあったのだろうと思う。

世間で騒がれるような「SNSでヒットすれば内容如何にかかわらず売れる」みたいな見当違いな僻みも、「この映画を好んで見る様な連中は教養が足りない」みたいな金と情報量だけ持っている都会の分厚いスーツを着た〈有識者〉とか言われる人間の自分を強く見せたいだけの発言も、反吐が出る。『君の名は。』を、僕にとっての『シン・ゴジラ』のようにかけがえのないものとして胸に抱え続けるであろう人が何人も現れるのは想像に難くない、そんな映画であった。

ただ、やはり僕としては明確に嫌いな映画として認識していて、理由は“ノれない”というどうしようもなく根本的な感性からだ。「RAD WIMPSに親を殺されたかのような反応を示すタイプ」といえば理解してもらえるのではないか。そういった類の人間なのだ。この映画を賞賛できる点を探して「僕が『君の名は。』を嫌っているのは何かの間違いなんじゃないか」などと努力してみたりもしたが、間違えたのは生まれた時代なのかもしれない。

新海誠監督は、人の所作、たとえば髪を手でかきわけたり、疲れた足をもんだりと言った行為を美しく切り取ることに関しては天才的に優れていると思う。正直、ストーリー重視のものを作るよりショートムービーとして人の行為を切り取り続けるようなものを作ってもらえたなら、それを許すような映画界のシステムができるなら、と願わないではない。

 

聲の形

2016年で最も好きな映画は間違いなく『シン・ゴジラ』だが、最も衝撃を受けた映画は、と問われればこの映画を挙げるだろう。

 『聲の形』は、障害者やいじめがフィーチャーされているわけだが、そういった問題を取り上げる際によく取りざたされるような説教じみた文脈にはいない。登場人物の誰もが、自分のことしか話そうとしないし、その自分のことさえ話すのに失敗する。西宮硝子だけではない、登場人物のすべてがどもる。果たして対話は不可能だ。ならどうするか?そう、身体を使うのだ。叫べ、走れ、身を投げろ、殴れ、手を掴め……

シン・ゴジラ』や『君の名は。』、そしてこれから述べる『この世界の片隅に』はすべて、生き方や記憶、可能性とかそういったことがらを“言葉にできる仕方で”それぞれに表現している。しかし、『聲の形』が示した仕方は”身体感覚”だ。ほかの映画がああだこうだと論を繰り広げている横から「何ゴタゴタ言ってんだ、こっちのほうが早いだろ」とぶん殴っていくような、鮮烈な映画なのだ。放射熱線よりも、彗星よりも、空爆原子爆弾よりも、暴力的だと言っていいかもしれない。誤解を受けがちなテーマも相まって、見る人にとっては拒絶反応が出そうな映画だったが、僕には最高の刺激となった。これは本当にすごい映画だ。

何よりも度胆を抜かれたのは、冒頭すぐ流れる音楽だ。そう、ロックに憧れた少年が誰もが聞いた、The Whoの"My Generation"だ。


The Who - My Generation

この曲をオープニングに持ってくる采配には脱帽せざるを得ない。この曲のボーカルは、どもったように、まるで映画の登場人物たちのように、発音する。これほど『聲の形』に合った曲は、劇伴にさえないのではないか。そしてこれは流石に狙ってのことではないと思うが、面白いことに、『君の名は。』で〈前前前世〉と歌っている一方で、The Whoは〈Talkin' 'bout my generation〉と歌っているのだ。前世なんて言っている場合じゃない、今の、僕の世代の話をしろ。もちろんここまでは言っていないが……。というか、反則だ。ロックンローラーThe Whoを聞いたら「最高だ!」と言わざるを得ない、そういう仕組みになっているのだ。かなうはずがない。

 

この世界の片隅に

先の大戦の敗戦近辺における広島・呉での“ふつうの”暮らしを、戦争の悲惨さや悲しみを伝えるためでなく、ドキュメンタリーのように淡々と描いていく映画。

あたたかい絵柄、あたたかい音色で表現されていて、どちらかというと心温まるようなシーンが多いようにさえ感じる。しかし、この手の作品、たとえば『火垂るの墓』や『はだしのゲン』よりもよっぽど悲痛に感じてしまうのだ。なんの感慨もなく“ふつうに”人が死ぬ。警報が鳴る。空襲が来る。主人公すずは絵を描くが、その絵を描くための右腕も失う。〈あの時こうしていれば あの日に戻れれば〉……映画の作調のようにあたたかな性格の、ぼうっとした“ふつうの”女性であったすずの願いは、爆弾に、核の光に、焼き払われる。目の前には現実しかない。そして“ふつうの”日本人としてできることをやる、現実を生き延びてやる、それが戦いだと決心するもつかの間、玉音放送で敗戦を知る。そして、すずは怒る。そう、戦いのなかの生活をしていると、敗戦に怒りを感じるのだ。僕にはそんな発想はなかった、なぜなら僕の知る“戦争の悲惨さを語るもの”では、戦争は無いに越したことはないのだから、終われば安堵や喜びを感じるものだと思っていたからだ。これが戦時の“ふつうの”感覚なのか、僕はこの映画を見て初めて知った。

僕はこの映画でいたく感動したが、これは押し付けがましい〈共感〉などといった類の感情ではなく、心地よく(しかし怒りもいっしょに)感じたものであった。

 

ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー

正直あまり好きではない。こんなことを言うと怒られる気がするが「ただの洋画っぽい」というのが感想である。

『エピソードⅦ』で一番言われていた(ように感じる)ドンパチの地味さは見事に解消、洋画ならではのド派手な演出を用いたド派手な絵作りは本当に圧巻で、ことXウイングやタイ・ファイター、続々初登場する陸戦・空戦のメカ同士の戦いは流石であった。キャラクターもわかりやすく魅力的だ。でも「それだけ」な気がする。これは「何をもってスター・ウォーズとするか、スター・ウォーズに求めるものは何か」によって意見がまったく分かれてしまうと思う。ただ僕が思うスター・ウォーズは、“フォース”というなんだかよくわからない力が主軸の不安定な世界・空気感の中で繰り広げられる、人間ドラマありきのものだ。『ローグ・ワン』を見て、そして『エピソードⅦ』と比べて、はじめてこういった僕のスター・ウォーズ感を認識した。世間的には「エピソードⅦよりローグ・ワンのほうが面白い」という意見が多いように感じるが、僕が逆の感想を持っているのはこの認識の違いなのだと思う。

要するに、やっぱりライトセーバー同士の殺陣がないとだめだ。エピソードⅣもⅦも優れた殺陣とは言い難かったが、あるのとないのとでは僕にとっては全く違うらしい。

 

ポッピンQ

幼児向けを意識しているせいか若干の受け入れがたさは感じたが、不思議にも気に入ってしまった。こんなに面白いと感じている自分に驚いている。

やっぱりこういったアニメーションは女の子がかわいいのが一番だし、おそらくその辺がハマったから好きになったのだと思うが、それだけではない。この物語を通して主人公ら5人の少女は確かに成長し、大人になれよと背中を押されるのだが、その過程で何かを乗り越えたり、打ち勝ったりすることはなかった。ドロップアウト、要するに“つまはじきもの”たちが更生(と、あえて言い切ってしまう)するのに必要なのは、勝ち負けではなく、楽しむことだったのだ。好きなことをやればいい、楽しめれば何でもいいのだ。これは、自分に照らし合わせれば、音楽をやるときに一番感じたいこと、そして好きな音楽を初めて聞いた時の感動そのものなのではないか?そういったことを感じたからか、この映画を見終わったあとは非常にすがすがしい気分であった。

この感想は短絡だ。しかし、短絡こそが感動の本質だろう。

まあ正直、この手の電子音楽にはノれないので手放しに大好きだとは言えないのが、僕のどうしようもないところである。

 

 

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以上が、僕が2016年に見たすべての新作映画だ。見事に有名どころしか見ておらず、底の浅さが知れる。しかし、本当に大切な映画にはちゃんと巡り会えたはずである。

心残りがあるとすれば、『シング・ストリート』、『スーサイド・スクワッド』、『レッドタートル』、何より『ディストラクション・ベイビーズ』あたりを見ておきたかった。

また、劇場でネガリマスター版を見たからという理由で『狂い咲きサンダーロード』を入れるかどうか迷ったが流石に反則ぎみなのでやめておいた。しかし、この映画もまたかけがえのない出会いであったことだけ、最後に記しておく。

 

2017年も、良い映画を見られることを望む。

新年のごあいさつ

あけましておめでとうございます。ご無沙汰しておりましたm_phenoです。

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

2016年の作曲活動

闇鍋庵では春M3"KEFI QUEST Original Sound Track"に二曲、夏コミ"けふぃーと行く水族館"に一曲、秋M3"Japanese Sake Bar闇鍋庵"に一曲、冬コミ"アイドリッシュ☆けふぃー"に一曲。

カプサイシンレコーズ"デスソースEP" "デスソースEP2"に一曲ずつ。

その他"SlimAtsushi -Arcade Edition- Original Sound Track"と"MilK Remix Contest"にモリモリあつし氏の曲をリミックスして提出。

計9曲を手がけたことになる。

今までの、特にm_phenoという名義を使う前の僕から考えれば恐ろしくハイペースなのだが、世間的にはそんなことはないらしい。週に何十曲とか。

他人のペースに合わせる必要もないし、所謂〈生音系〉を作っているから遅いというのもあるのだろうが、もうちょっとぐらい早いペースで曲を作れたら楽しいのかもしれない。

あとボーカル曲を作っていないという宅録マンとして致命的な怠惰が……

 

音ゲーやコンテストのような公募にも少し気を向けてみようかとも思う。

力試しもしたいし、知名度もあって困るものではないので、闇鍋庵以外に出す曲を増やせたらと思っている。

とはいえ闇鍋庵ももちろん手を抜く所存はない。

今年も闇鍋庵をよろしく。

 

去年の思い出

映画・新譜に関しては別途記事を書くつもりなのでそれ以外で。

最も記憶に残っているのはフジロックフェスティバル

初の夏フェスでフジロック20周年を迎えられるというのは非常にありがたいことだ。

BeckWilcoザ・クロマニヨンズ踊ってばかりの国等、幸運にも僕の好きなバンドばかり見ることができた。

今年は大きく生活環境が変わる予定だが、フジロックはまた今年も行きたい(しかも最終日、7/30は僕の誕生日!)

 

ライブ繋がりでは、年末にDeerhoof来日公演を見れたことも大きかった。

憧れのドラマー、グレッグ・ソーニアのプレイを間近で見られたのだ、こんなに嬉しいことはない。

 

映画についてはあとで語るとしたが、シン・ゴジラに関しては言及しておこう。

7/29、すなわち上映開始日に見た以前と以後では、大きく価値観が変わったように思う。

映画の見方はもちろん、音楽も、普段のものの考え方まで、シン・ゴジラは侵食した。

あるいは影響されやすいだけなのかもしれないが、僕にとってはかけがえのない出会いなのだ。

 

2017年の抱負

正直、抱負なんてたいそうな考えは持っていないのだが一応。

先ほど述べたように曲はもっと作りたい、特にボーカルを入れていきたいと思っている。

それはともかく、今年は生活がおそらくガラッと変わる。

その時までは好きなことを残さずやりたい。

変わってからは、とにかく生き延びることだ。

超大手企業に就職できても自殺してしまうような世の中だ、精神病持ちの僕は同世代よりなおさら気をつけなければ。

あたたかいものを食べ、風呂に入り、歯を磨き、きちんと寝る、そういった当たり前のことを今、一番意識する必要があるだろう。

 

……そういった記事を、38度の熱を出しながら、マスクをつけて布団の中で書いている。

寝正月はもう勘弁だ。

皆様も健康には十分気を使われますよう。

生きられる範囲で生きるのだ。

 

それでは。

MXH-FXH (from デスソースEP) 歌詞

※2016年春M3にてカプサイシンレコーズより頒布された"デスソースEP" tr.2
 
誰もがヒーロー気取りで歩いている井の頭通りのど真ん中を、だいだらぼっちが滅茶苦茶にしていく。まるで爆心地のよう。
不法投棄された夕日が照らす甘い夢のなかでさえ、どいつもこいつも俺の嫌いな言葉を散弾銃のようにぶちまける。
 
海月は空から降り注ぎ、星は海から打ち上がる。
ビッグベン周りをスイングバイで誰よりも強く加速する。
この四畳半から発射しベイエリアを経由して、最果てに辿り着くまで俺はくたばらない。
 
I'm just motherfucking boy.
 
メロン農家を卒業できない俺は、東京丸の内の高層ビル屋上で泥まみれで這いつくばっている。
札束を着て歩いている連中。奴らは誰一人として空が青色であることに気づいちゃいないのだ!
ルサンチマン、さよなら。サンダル、さよなら。エリオット、さよなら。ゼラニウム、さよなら。
14歳の俺と17歳の俺と21歳の俺、あらゆる瞬間の俺にさよならを。
 
I'm just motherfucking boy.
 
血まみれになりながら立ち上がり瓶いっぱいのジョロキアを飲み干したその男の顔は、死神のように見える。
 
I'm just motherfucking boy.